鏡像の世界

BS漫画夜話、「童夢」の回を観た話の続きなんです。「童夢」や「AKIRA」が翻訳されて欧米でも出版されているという話題のときに、出演者のいしかわじゅん先生が「大友は自分の絵によっぽど自信あるんだろうね〜」というような発言をされてたんですよ。この発言の意味はちょっと説明を要するんですが。
欧米では本って左開きが普通なんですね。一方で日本の漫画は右開き。なので、かつては日本の漫画が欧米で出版されるときは、すべてのページを鏡像反転して印刷して左開きにするのが普通だったんですね。もちろん台詞や描き文字も英語にして横書きにすると。漫画の中で右利きのキャラはみんな左利きになっちゃうという。もっとも最近は日本のMANGAとして認知されてきてるので、オリジナルの右開きで出版されることも多いと聞きますが。
つまり「童夢」も全ページ鏡像反転されて出版されるわけなんですが。いしかわ先生曰く「鏡像反転されると絵のデッサンのゆがみがバレるので、たいていの漫画家は嫌がる。それにかまわなず鏡像反転でしかも大判で出版を許可する大友克洋は、よっぽど自分の絵に自信あるんだな〜」ということなんです。
似たような話は他所でもたまに聞くんですが、まあ僕はこれは間違いだと思うんですけどね。
"絵を鏡像反転すると絵のゆがみがわかる"というのは、絵を描く人なら「あるある」と思うんじゃないかと思います。自分で絵を描いていて、けっこううまく描けたかなと思って、紙を裏から透かして見ると(鏡像反転すると)、「ゲッ!めちゃくちゃゆがんでるじゃねえか!!!」ってなる経験をした人は多いと思います。ネットの漫画創作系の掲示板なんかでも、鏡像反転して自分の下手さに気づくという現象についてはよく話題になってて、ほとんど常識と言ってもいいと思います。
だから、絵のアラが明らかになる鏡像反転で出版されることに動じない大友は自信あんだろうな〜って話になって、もっともな意見じゃないかってことになりそうです。が、僕が思うに鏡像反転して絵のアラに気づくのは描いた本人だけなんですよね。じゃあ本人以外はどう感じるかというと、鏡像反転してもそれほど印象はかわらない。下手糞な絵は鏡像反転するまでもなく下手糞に見えていると思います。描いた本人だけが気づいてないんですよ、たぶん。
各個人個人によって、左右のバランスを認知するにあたり、認知のゆがみ、癖みたいなのがあるんじゃないかと思うんですよ。人間は左右を対称に認知してるんではなくて、例えば右側をより強く認識するとか、人それぞれの癖があると。だから、バランスよく描けてると思っても、鏡像反転したらアラが見えてしまうんですけど、その認知のゆがみは描き手に固有のものなんで、他の人にはそうは感じないということだと思うんですよね。
まあ、ぼわっとした曖昧な推測話ではあるんですけどね。ただ、試しに他人の絵をいろいろ鏡像反転して見るということをやってみたら、自分の描いた絵を鏡像反転したときと感じ方がまるで違うということがわかると思います。おそらく他人の絵は反転しても下手になりません。


「鏡像反転して印刷されたら下手なのがバレちゃうから嫌だ!」的なことを聞くたびに、それは間違ってるんじゃないかなと思ってたので、ちょっと書いてみました。それって裸の王様というか、本人だけ「下手がバレてはずかしぃ〜」とか言っとるけど、みんなとっくに気づいてるで、みたいな。


絵が上手いというのにはいろんな能力が関係してくると思うんですが、ひとつには左右の認知のバランスがいいというのがあるんじゃないかと思うんですよね。左右対称のものを左右対称と認識できる能力というかね。円をフリーハンドきれいに描けるようになると、画力が格段に上がるなんていう話を聞いたことがありますが、左右対称認識能力の向上という意味合いもあるんじゃないかな。
僕としては興味があるのは、絵の上手い人、それこそ大友克洋先生とか、ああいう極まったレベルの人でも、自分の絵を鏡像反転したときに、違和感を感じるものなのかな?ってことですね。どうなんだろう。コミッカーズとかでインタビュー企画してくれないかな。

コミッカーズアートスタイル〈Vol.1〉最新カラーテクニック

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ていうか、しばらく見ないうちにコミッカーズって休刊してたんか。

僕に関していえば、絵を描くときはかならず鏡像反転を多用して描いてますね。そうしないとちゃんと描けないから!普通に描いて、それを鏡像反転してアラに気づいて、そのアラを修正して、また鏡像反転して、の繰り返しです。その点、デジタル作画は便利でよいです。もちろんアナログのときもトレースボックスを使って裏から透かして描くのを多用してましたしね。
まあ、鏡像反転多用して描いてたら上達しないという人もいますが、そんなの知らん!