シミュレーション

午前4時。日課の深夜の散歩の途中、俺は夜食を物色するためいつものコンビニに立ち寄った。
いや、正確に言えば立ち寄ろうとしてコンビニの入口に向かって歩いていた。夜の闇の中に浮かび上がるコンビニの明かりは、人の心に奇妙な安心感を喚起する。とくにこんなさびれた田舎町では。
コンビニ特有の壁一面の大きな窓からは店内がよく見えた。カウンターでは見知った店員が、客の相手をしていた。店内の客はその一人だけのようだった。ありふれたコンビニの風景。だが、なにかがおかしかった。
違和感。店員が異常に緊張しているように感じた。客は黒づくめで、頭を覆うニットキャップにサングラスとマスクを着用していた。冬の深夜なので、キャップとマスクはめずらしくないが、サングラスは不自然だった。違和感の元はこれかもしれない、と思ったとき、カウンターの陰に隠れていた客の右手が見えた。
客、黒づくめの男は右手に刃物を握っていた。遠目にも大型のサバイバルナイフであることがわかった。

コンビニ強盗。俺は体内にアドレナリンが分泌されるのを感じた。頭が高速で回転しはじめる。店内では店員が強盗の男にビニール袋を手渡していた。おそらく中には売上金がはいっているのだろう。強盗は店員の手から袋をひったくると、あわただしく入口に向き直った。そこには入口をふさぐように俺が立っていた。
俺と強盗の距離は約5メートル。サングラスの陰の強盗の目と俺の目が、たしかに合った感覚があった。俺は目をそらし、体を半身にして、強盗が入口をすり抜けることができる空間を作った。おそらく、強盗は入口に立ちふさがった男=俺をどうやりすごすか、場合によってはナイフで刺すべきか、瞬間的に迷っていたと思う。が、俺の動作を見て、俺がつくった空間を走り抜けて逃走するという判断をくだした。
が、それこそが俺の狙いだった。俺を無害な存在とみなした強盗は、無防備に俺の左脇を走り抜けようとした。その瞬間、俺は強盗の左腕を両手でつかみ、さらに全体重をかけて倒れこみつつ、左足の裏で強盗の右膝を蹴った。柔道でいうところの出足払いをアレンジしたような動作である。不意を突かれた強盗に回避は不可能だった。俺に掴まれた左腕を軸に円を描きながら、前向きに倒れこんだ。右手にはナイフを握っていたため、受け身も十分にとれず、顔面から駐車場のコンクリートにたたきつけられた。
俺は、すばやく強盗の左腕を背中側にねじり上げつつ、強盗の背中に体重を乗せて抑え込んだ。
「ケヒッ」
強盗の口から、声にならない空気が漏れる。
「だ、だいじょうぶですかっ!!?」
店内から店員が、駆け出してくる。強盗を抑え込んだ男が、いつも深夜に和風ツナのおにぎりを買っていく客だと認識して、さらに驚いたようだ。
「大丈夫だ。君は早く警察に電話しなさい。警察が到着するまで、こいつは僕が抑え込んでいる。」
俺は店員を落ち着かせるために、意識的に興奮を抑えながら指示した。
「われぇ!!! 離せやっ!!! ころっそ…ぐえぇ!!!」
強盗が叫び始めたが、極めた腕に力を込めると静かになった。
「靭帯が少し伸びたかもしれんが、まあケツを拭くのは右手だろうから大丈夫だろう」
「ばっきゃろ!!! ワシがインド人やったらどないすんねんっ!!!」
なかなかにユーモア感覚のある強盗である。

10分ほどしてパトカーのサイレンが聞こえてきた。ほっとした様子の店員がしきりに俺に礼を繰り返す。俺は頷きながら店員にいった、
「当然のことをしたまでだよ。でも、少しでも感謝してくれるなら、そうだな、今度からは深夜にもファミチキを作っておいてくれたまえよ。」
驚いた様子の店員は言った、
「うちローソンなんですけど。」
◆◆◆ おしまい ◆◆◆


というわけで、妄想をつづってみたんですが、こないだ深夜4時ごろに散歩してたら、コンビニに警察がいっぱいきてて、立ち入り禁止の黄色いテープがはってあったんですよ、ドラマとかでよく見るやつ。田舎ではめずらしいことで(都会でもまずみかけないか…)、次の日の地方新聞みたら、コンビニ強盗がはいって売上25万円奪って逃走したとか。まだ犯人つかまって無いらしいです。
しかし、ちょっとタイミングがずれてたら、強盗してるまさにそのときに僕がコンビニに立ち寄ることもあったわけで、そう考えるとやっぱり上記のようなシミュレーションをせずにはいられないっていうかね。うん。
まあでも、実際コンビニの外から強盗みかけたら、たぶん見なかったふりして即逃げすると思います!